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晴れな人生、生き方!
それでいて、夢がちりばめられていて、ところどころで出会えるといい。
自己満足だとも思いながら、夢の一つである国際協力に踏み出す。

*用語説明*
ANM・・Auxiliary Nurse Midwife(准看護助産師) 農村部で15・6の村を対象にドクターなしで診療所を運営する。分娩から成人・子どものケアまで。

ナース・・・日本のように看護師と助産師の資格が分かれておらず、それ以上のことも行う。例)会陰切開や、縫合など

2010-11-29

Photoシリーズ ① あかちゃん

写真だけの記事ってのもいいかな、と。

まずはやっぱり。
職業柄、世界共通で愛くるしい赤ちゃんたちを。

生まれて5分。













「インド人も、生まれたときは白いのよ?」



生まれて15分。
「ここどこ~~~?? 怖い・・・ぅぅ・・・」



















男の子と女の子。
私達、双子。













赤ちゃんでも、もう、鼻高い・・・



目の周りを黒くするのは、魔除け。

















あんまり可愛いとあっちの世界に連れていかれちゃうから・・・だそう。




「・・・・・」














「あんた、誰なん?」





Baby ・・・ シシュー
Child ・・・ バッチャー

2010-11-25

マイナス感情をプラスへ

現代の日本では、99%の人がお産のときになんらかの施設と言われる家ではない場所で赤ちゃんを産んでいます。
詳しい話は今回はしません。
が、つまり日本のお産の大抵の場合、正常なお産でさえ少なくとも2人の介助によりお産を支えています。

そして突然、”正常”から”異常”に変わることがある産科は、お母さんや赤ちゃんに何かあったら総出の人数を必要とします。
命も2つなので、それなりの人数が。
産科救急の世界は、救急と同じく一刻を争い、そして最大の幸せが最大の不幸へと移りゆく可能性の間の時間を通りぬけるので、特殊な感情と映像が行き交っている世界のような気がします。


指示を出す人。
指示された物品や血を運ぶ人。
注射をどんどん開封していく人。
それを吸いあげ投与していく人。
状態を観察する人。
他科に連絡する人。
オペの準備に備える人。
起こっている事実を分単位で記録していく人。
封を切られた様々なモノのゴミを片付けていく人。
茫然とたちつくす旦那さんを気遣う人。
人手がとられてそこだけにスタッフが集中している間に残された他の患者さんを気遣う人。

チームワークと、スピード、急いでいても失敗は許されず、適切な処置と心のケアを必要とされ。
赤ちゃんが生まれていれば赤ちゃんを同時にケアし、生まれていなければもっと大変で。

とにかく、お産という現場に慣れている私達でさえ、緊張感が心臓を突き破るのではないかと思うほどの空気が流れ、そして2時間が2分ぐらいにしか感じられないスピードと、終わった後の雑然とした部屋の汚れと疲労感が残ります。

普段は忘れていても、ふとしたときに思いだし、あのときのアレはアレで良かったのか、という医療者なら誰しも経験したことがある感情の一つに捉われたり。

そうして、いつまでもまるでドラマの騒然とした映像のように
赤ちゃんに管を入れる仲間の医師の横顔がずっと残っていたり、血まみれになって大声で指示を出し続ける産科の医師の姿を思い出したり。


大多数の、穏やかで笑顔溢れる、究極に幸せな出産の影で、稀にこういうことが起こったり。
ただ静かに消えゆく命や生まれる前に眠ってしまった命のお手伝いをさせてもらっています。
私達。



それを。
ここにきて、たった一人で何度経験したかわかりません。
分娩室にナースが配属されるまでは。

突然お産への遭遇、どうしようもない死、限られた処置とたった一人で必死で目の前の小さな命への蘇生。
そのたんびに、”なにやってるんだろう”っていう気持ちになり、助からなくてはおお泣きし、何に怒っていいのかわからず。
だって、インドに来ていなかったらきっと一人っきりで遭遇することもなかったし、その映像と悲しみを一人で処理する必要もなかった。
人の死を見たくなれば、赤ちゃんの死に会いたくなければ、いますぐこんな仕事辞めればいいんです。
別に誰も文句言わない。

殺すために、助産をしているわけじゃないのになと思い。
でもどうしようもない、だってここは日本じゃないからと思い。
でもじゃあどうしてここに来たんだって思い。
ふとしたときに映像がとめどなく流れ、辛さでどうしようもなくなってしまいます。


でも、
数え切れない悲しみを、1のプラスにするために、マイナス感情をぎゅっと固めて「動機」にすることだけが現状を変えられる唯一の手段。

それでも、インドの数値の歴史には0.1の変化すらないかもしれない。
でも、インド人、いえ、友人である同僚達の心の中に残っていってほしい。

そう思いながら。




今日、病院を出る前に忘れ物を思い出して、もう一度研修の部屋へ戻った時。

もう授業は終わって次の勤務まで休んでていいのに、机に向かって一生懸命勉強している同僚の後ろ姿がありました。

笑って、
「カナ。いつでも準備はできてるからね」って言ってくれた。


ねえ、言葉も文化も違うけど、伝わってるの?



明日の1と、10年後のココの100の可能性を想って嬉し涙が出たこの気持ち、みなさんにも伝わるかな。

逆に、言葉でしか伝えられないけど。

2010-11-05

新年あけまして

今日、11月5日。
ヒンドゥー教最大のお祭り、Diwali(ディワリ、またはDeepawaliディパワリ)でした。
昨年は、10月17日。
まだデリーで研修中だった私は、インド上陸後最大の発熱を起こし、爆竹鳴り響くデリーの街中病院に向かっていたのがいい思い出です。

ヒンドゥー暦の新年を迎えるお祭りであり、何百といる神様のうち、美と幸運をつかさどる女の神様ラクシュミ―様(仏教では吉祥天)を祀る行事であります。


お昼ぐらいに、呼ばれていた仲良しの同僚の女医さんのおうちへ。

日本の新年同様、その日を迎えるまでに大掃除をし、家の外壁まで塗り替え、飾り付けをし、たくさんのモノを新調し、その日の夜にはお祈りをするのですが・・・


朝ぐるっと見渡したところ、ペンキを買ってきたばかりの人。
ペンキで外壁を塗らせている人。
飾り付けをし始めている人。
などなど、もちろん、マイペースでした。
そう。
「しないよりいいのさ、それでいい」

















とりあえず、他人様の家にお呼ばれして、勝手に水を飲んだりゴハンをごちそうになったりするインドの習慣にも、また、そのおうちにもお邪魔になりすぎて慣れてしまった私は、おひるごはんを遠慮なくいただきました。

さあて、買い物でも行くか!となったのは4時ごろで、そこから女4人、サイキルリキシャーで10分の街中へ。
いつも昼間なんてスカスカの半径2km程の街中は、花火の帰り道よりひどい混雑で、リキシャーに乗った私達は、報道陣をよける芸能人の車状態。
インドって、どんな僻地でも人だけはいる・・・


銀細工のお店に行き、装飾品の物色。
カーテンやらテーブルクロスを新調しに、足を運び。
プレゼント用のサリーを買い。
通りすがりに花を買ったり、正体不明のモノを購入しているが、突発的に買った様に見えて、後でちゃんとプジャ(お祈り)に使われているのを見て、直前の衝動買いにも目的があったことを知り。
道すがら、たくさんの知り合いに会い。(だって小さな町だから・・・)
まっだまだ、私を初めて見る人がたくさんいて、視線攻撃にあい。
今夜のプジャ(お祈り)用に服を買い。
「チャイはまだか?」と電話をかけてくる旦那さんを無視し、おばあちゃん含む女4人で6時過ぎまででかけてました。
楽しかったー。


チャイ待ちだけしてたのかと思いきや、旦那さん達もちゃんと部屋の飾り付けや、プジャ(お祈り)の準備はしてました。


そこから、ランゴーリと言って、神様を迎えるために家の玄関に色とりどりの粉で絵を描き、同時進行でプジャの準備をしていきました。
(もう、夜も更けて7時を過ぎてきてますが、神様もう来ちゃってんじゃないの?って内心思いながらお手伝い)









































ここが入り口の階段です、神様。道しるべ、見えますか?











手作り陶器の器に、ギヒーと言われるインドの油をたらし、火を灯します。
家のいたるところにそれを置き、神様を迎える準備。
たくさんの果物と、お菓子、お米、お水、ウコン、お花、神様の絵を描き、神様の像を置き、今夜の主役、ラクシュミ様とガネーシャ様をお迎えする。
正装し、裸足になる。






























家長のおじいちゃんが小さな鐘を家中に鳴らし歩き、みんなでバジャンを歌う(参:動画)。
神様に水やお米をかけたり、おじいちゃんにおでこにビンドゥー(色粉でしるし)をつけてもらったり。























暗闇の中ゆらめく炎の赤と、一斉に歌うバジャン。

人間が、”祈る” ということの意味やその本質、存在する理由やその神聖さに、心を打たれ。
なんだか泣きそうなほど感受性を刺激された、素敵なプジャでした。

大きな事件や事故もなく、健康にインドで暮らせていることをインドの神様に感謝し、あと1年無事に暮らせること願い、新年を迎えました。

都会の爆竹や花火だけが目立つ新年だけでなく、人々が心から静かに祈り迎える新年。
もちろん夜ごはんは11時に食べ終わり、家の塀に並ぶ小さな炎をみながらの帰宅となりました。


























2010-11-01

ひかり

そう、この記事「チーム出陣」で書いた、分娩室への看護師の配置がなんと先週行われたのです!
やればできるんじゃないですか!


ま、インドの、

”8月28日まで絶対夏休みの宿題をやらないが、なぜか9月1日には耳を揃えて出せてしまうワザ” や、
”うんともすんとも言わなかったのに、パエリヤ食べにスペイン行く!と思ったらもう翌日には空港にいる感じ” や、
”質問しといて、答え聞いてない感じ”

が、好きなんですけどね。
誰ですか、それはインドではなく君のことだと言ってる人は?(たぶん母)


そう、それで、ある日突然ポツンと分娩室にやってきたのです。
シフト制でまわすために、3人。


「ねえ、カナディディ。滅菌した器材って・・・」
「そう、ないの。だって、滅菌する機械を請求する紙にサインしてくれないし、第一それをする人材が、ひとりもいなかったんだから。お産取る人すらいないのに。」


「ねえ、ゴミ箱って・・・。」
「そう、ないの。まあ、あるけど、だって、みんな床に捨てるから。」


「ねえ、もしかして消毒液って・・・」
「そう、ないの。だって、盗まれるから請求しない、っていう理不尽な理由でYESって言わないし、第一ね・・・・(つづく)」



「だって、それらに気付ける人どころか、だ・れ・もいなかったのよー!!」
「そして、整えたところで1日にして無知な助手さん達に破壊されるのよー!!」



だから。
だから、あなた達が来てくれて本当に嬉しい。
と、しっぽを振り続ける私に、

「カナディディ、がんばろう!」

って言ってくれたのです。


まだ何にも始まってないけど、バンザーイ!


清潔不潔(注:医療業界の)がわかるナースがやってきてくれた、ってだけで、期待以上の人材。