日本に帰って、2週間が経ちました。
ブログを放置していたので、今まで読んでくださっていた方ももうアクセスされていないかもしれませんが、最後の独り言を。
このままこのブログを続けようかと思っていたのですが、インドの2年とこれからの私がぐちゃぐちゃになりそうなのでスパッと止めようと思います。
これからの私は、もちろん今までの私と、インドの私と、ずっとつながっているものですが、ひとつの切り取った思い出として置いておきたい気持ちもどこかにあります。
ちゃんと切り取ることができた日が、インドの日常が ”思い出” になりますように。
フラフラしている私は、会う人会う人から
「これからどうするのか?」
と、聞かれるので、
少し長くなりますが、今の胸の内と手の届くような時間内の予定を書いて、おしまいにしたいと思います。
小さなころから、外国や旅が大好きでした。
いつか海外で働いてみたいという思いは、いつしか途上国での国際協力という形になり、
助産という道は、そのための手段とて踏み入れた道でした。
そうして出会ったこの仕事が大好きで、もう海外はいいかと思う日もありましたが、やっぱり世界を見てみたかった。
一番根っこの部分で自分の手を使った活動をした後は、きっとこう思うんだろうと思っていました。
”一人で動いているだけじゃなかなか変わらない、全体をマネージメントするような立場での国際協力をしよう”と。
半分、それを自分の心に証明するような目的もあって、今回インドに行きました。
ところが。
思ったことはそんなことではなかったのが、事実です。
活動をしている最中も、今も、私のしてきたことは地球温暖化を阻止するために、道にアイスノンを並べているような活動だったんじゃないかなあ。と。
アイスノンで、地球が冷えるとは考えにくいし、アイスノンもすぐ溶ける。
それでもできるだけたくさん、できるだけ効果的に並べるように。
その効果がどれぐらいあるのかは未知数で、結果は私が死んだあとでも出ないかもしれないし、そもそも結果は出ないかもしれない。
地球温暖化は、食い止めるべきれっきとした理由があるかもしれないけれど、お産での死と同じようにそれが地球生命体の運命だって言われたらそこまでのようなところもあるような。
自然相手も難しいが、文化や社会を持つ”ヒト”相手というのも難しいなと痛感しました。
だけど、そのアイスノンを並べる方法を伝えた人、一緒に並べた人、じっと私が並べるのを見ていた人、その人たちが未来のダモーを担うとしたら、それは未来に向けた行動だったんだと肌で実感したのも事実です。
その時、私が思ったのは、
私が一人でアイスノンを並べ続けるより、並べたいと思う人、並べることの意義を同じような価値観で考えられる人を増やしたいと。
”教育” です。
教育には夢がある。
と。
伝えること、教えることの楽しさと難しさを肌で感じ、そして彼女たちのキラキラした目を見ていると、教育という形で自分が生きた理由を未来に残したいと厚かましいながら思いました。
日本の看護師・助産師は優秀な方が多く、私は本当に尊敬しています。
そんな仕事を志す学生に、教育の立場から国際保健という社会に入り込んでいく看護のエキスパートを育てたい。
まだまだ未熟な私ですが、そんな未来の後輩を育てる自分になれたらいいなと思っています。
まずは自分が勉強するべく、進学したいと思っています。
ゆっくりと土台を作っていくことができたら、いつか偉そうに教鞭をとる日が来るかもしれないなと思いながら。
生きた授業をしたいというのが、今の当面の私の人生設計であり、そして当面の”夢” です。
そして、インドで学んだこと。
人生というのは、どこでいつ何があるのか本当にわからないもの。
だから、この夢も、気負いすぎずに頑張りたいと思います。
数年後、全然違うことをしていても許してくださいね。
晴れた人生に、夢をときどき。
今まで愛読してくださり、本当にありがとうございました。
Kana