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晴れな人生、生き方!
それでいて、夢がちりばめられていて、ところどころで出会えるといい。
自己満足だとも思いながら、夢の一つである国際協力に踏み出す。

*用語説明*
ANM・・Auxiliary Nurse Midwife(准看護助産師) 農村部で15・6の村を対象にドクターなしで診療所を運営する。分娩から成人・子どものケアまで。

ナース・・・日本のように看護師と助産師の資格が分かれておらず、それ以上のことも行う。例)会陰切開や、縫合など

2010-03-13

インド哲学

今日で、第2回ヒンディー語研修、おそらくこれで最後の研修が終了しました。
ああ、ちゃんと上級になるまで勉強しないと、と頭をガーンと打った代わりに、
ヒンディー語で速記ができたり、授業が普通に受けられることを嬉しく思えて、半年の間に少しはやっぱり成長していたんだなと思いました。


何度も書いているように、インドは非常に複雑でそしてシンプルです。
みんな一言で表してみたいと思うけど、それができない感情でインドに生きています。
今回、そんなインドを少しでも表しているなと思える言葉に出会いました。


”क्या गरीब क्या अमीर सबको मरना है”
貧乏だって、金持ちだって、みんな死ぬ


授業で習ったインドのことわざ(?)です。
インドらしいな、と思いました。
だからあきらめるとか、だから仕方ないとかではなく、そういうものだと言いたいんだと私は解釈しました。
焦らなくたっていい、落ち込まなくたっていい、幸せすぎなくったっていい。
最後はみんな死ぬんだから。
死んだらまた生まれ変わるよ。
神様や自然と一緒に、みんな生きてるんだから。
そんな風に言われた気がします。

なぜか、インドの人は決して取り乱したりしない。
ジャンプして喜んだりもしない。
いつも心に静寂と軸があって、そこが絶対にブレないところが、私のインド人の好きなところです。
とてもタフだと思います。
きっとそんな風に生きる背景には、いろんな苦渋も隠れていることだと思います。
そうならざるを得ないのかもしれないし、それが自分を支える心の哲学なのかもしれませんが。


”There is no big change in your life except death"

私の大好きな先輩が、ムンバイの駅の広告でみた言葉だそうです。

生死観は、人によっても、場所によっても違うと思いますが、ささやかだけれど自然の一部として生かされていることをみんな知っているんだなと思いました。

「だから大丈夫」



”どうせ”

事務所の次長が言ってました。
みんなでインド人の性質を一言で表すとしたら何かって話したときに、誰かが発言したそうです。

いい意味でも、悪い意味でも、インド人の中には ”どうせ”がある。
日本語だと聞こえが悪いですが、そうだな、と思います。


全てしっくりくる私は、なんなんでしょう。



昨日、WHO東南アジアトップの方と食事をする機会がありました。
能ある鷹は爪を隠すと言いますが、その方も本当に素敵なバングラデシュの方でした。

”取り残されたところへ行って
 取り残された人々とともに
  取り残された問題にとりくむ”

還暦ぐらいのその方は、そう言ってました。
「たくさん仲間をつくるために、ずっとアジアを歩いてきたんです。」
笑顔でそういって、こんな未熟な私にもエールをくれました。


私も彼も、どんな人生を送るひとも、どうせみんな死にますが、
どうせ死ぬんだから、怖がらずに、くよくよしないで前をみて進んでいければいいなと思えた夜でした。

(どうせ死ぬ、というのは少々大げさな動機づけかもしれませんが・・・)

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