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晴れな人生、生き方!
それでいて、夢がちりばめられていて、ところどころで出会えるといい。
自己満足だとも思いながら、夢の一つである国際協力に踏み出す。

*用語説明*
ANM・・Auxiliary Nurse Midwife(准看護助産師) 農村部で15・6の村を対象にドクターなしで診療所を運営する。分娩から成人・子どものケアまで。

ナース・・・日本のように看護師と助産師の資格が分かれておらず、それ以上のことも行う。例)会陰切開や、縫合など

2011-03-14

2011.3.11  2:46pm

こんなときにブログに何を書こうと思ったのですが、見てくださっている方もいるので、忘れないように書いておこうと思います。

まずは、被災されている方、そして今も日本で余震とともに過している方、お見舞い申し上げます。
そして、今回の地震で命を失われた方、ご冥福をお祈りします。


事務所から緊急連絡網が回ってきたとき、リキシャーでたまたま早めに帰宅している最中でした。
「宮崎県でM8の地震があった。東京の本部とは連絡がつかない。」
というものでした。

ピンと来なかったです。
なんで、地震で緊急連絡網が回ってくるんだろう・・・って。
日本では地震なんてよくあることだという認識から無意識にそう思いました。
そして、なんで東京も連絡つかないのか?って。

すぐに帰って、大家さんちに行き、テレビをつけてもらいわかりました。

津波にどんどん流されていく町の映像を見て、
「え?これでチャンネルあってる?」って言いながら恐怖で体が震え、泣いてしまいました。

今だって、信じることができないです。
あれが日本だってこと。


毎日毎日、インドでも、世界でもトップニュース。

週末に入り、そしてそのあとデリーに出てくる予定で来たのでみんなには会えませんでしたが、
大家さんをはじめ、同僚からひっきりなしにかかってくる電話。
牛乳屋さんも、新聞屋さんも、みんなが声をかけてくれました。

”インド人で、インドにいて、こんなに無力に感じたことはない。
でも私達は、いつも日本のそばにいるよ。だから大丈夫だからね。”
”心配しないで。神様がきっと助けてくれるから。”

って。


その後すぐ、デリーに出てきたのですが。
電車の中も、デリーの街でも、会う人みんな、JAPANときけば、
”大変だね。見たよ、ニュース。両親大丈夫?”
って、見ず知らずの日本と両親を必ず心配してくれました。


今は、地震どころか被ばくの問題も勃発し、ありとあらゆるネガティブな問題で混乱していることもあるかもしれませんが、こういうときこそ優しさと想像力、思いやりで過していきたいものだと思います。

海外からで、偉そうなことは言えません。
そして、判断の余裕も無くしていることもあるかもしれません。
政府や報道、企業や警察、そして隣人や他人にまでぶつけたい怒りや苛立ちも、あるかと思います。
でも、ただ怒りをまっすぐぶつけ、不満を言うだけのエネルギーは疲労と他人への傷つき、そしてそれに対応することでロスしてしまう支援を産むだけだと思います。

一歩引いて、冷静に優しさを向けてみたいものです。


それぞれが、それぞれの立場で今できることをやることで、またいつか明るい日本に戻ることができればいいなと思います。

テレビに出てました。

”祖父母達は戦後、日本を復興した。我々も同じように日本を立て直す”

って。



日本だったらきっと大丈夫。



こんな言い方こんな時になんですが、

ついこないだまで思ってた、

”日本はもうダメかもしれない”

を、希望にかえることができたような気がします。


世界中の人が応援してくれています。

ダモーに帰ったら、インドのみんなとお寺にお祈りに行ってきます。


Twitterの画像より




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