でもさっきまで心音はあったから、最後の最後で苦しくなって、逝っちゃたんだな、と思います。
専門知識ですが、分娩監視装置はそれなりにたくさんの命を助けてきたことを実感します。
日本の産科のこともいろいろ新しい目でみなしてみよう。
そのあとは、骨盤位(逆子)のお産がすぐありましたが、初産にもかかわらずなんなくクリア。
大事なケースを連続で見ることができて、研修のナースに教えるにはいいケースでした。
日本だと、初産骨盤位は帝王切開になるので、助産師だけってことはないけれど、私もたくさん勉強できました。
置かせてもらう場所がなくって、先の亡くなった赤ちゃんの横で、逆子のあかちゃんのケアをしていたけど、まさに明暗の図。
「死を習慣にしないで。いつも、できることをできるだけしようって思いを忘れないでね」
とナースに伝えながら廊下を歩いていると、女性病棟で大勢の人が叫び大泣きする姿。
吹きっさらしの大部屋には、他の患者もその家族もどこかのこどもも、牛もいたりして、そんななかにいるご遺体と大勢の家族。
死が習慣になるっていう意味は、どういうことだろう。
その光景をじっとみつめる子供たちをみながら、さっき自分が発した言葉を心の中で考えていました。
目の前のインド人ナースには、そのものの意味が伝わっていないかもなと思いましたが、私が正しいのか自信がなかったので、そっとしておきました。
ふと横を見ると、さっき亡くなった赤ちゃんの叔母さんにあたる人は、日光がふりそぞく広場に4・5人で輪を作って談笑しており、その膝には亡くなった赤ちゃんが日光浴されるように置かれており、その横を牛がブラブラしてました。
口座を閉じる相談のために、銀行に行く私は早退。
雨があがった町は、生きている人で溢れていました。
明日もがんばって生きよう、わたし。
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