分娩室から、バニーシャの声。
「かな、どこにいるの?今日、来てないね。」
「家だよ。片づけ中。出勤してられる状態じゃなくて。」
「今日、うちにおいでよ。シャンティもオフだから。病院に2時に来て。一緒に家まで行こう」
無理。
無理です、どう考えても、この家の状況と、残っている事務作業と、昨日も睡眠が4時間なのに。
でも、逃すともう時間もない。
「んーどうしようかな。とりあえず、2時に病院ってのは無理だから、夕方リキシャーで直接家まで行くわ」
「わかった。待ってる!」
って、ことで、2人暮らししている年下のナースのところへ、行くことにしました。
で、片づけ再開し、30分経過。
「かな! どこにいる?」
次は、小児科のおばちゃんナースから電話。
「い、いえです。片づけ中。」
「今日、夜8時でいいね?来て。ゴハン作るから!」
有無を言わさない強制招待。
さすが年上です。
この時点で、徹夜覚悟。
ものすごいダッシュでまだまだ残っている小さな片づけをやっつけつつ。
3時に電話して、昼寝時なので人っ気の全くないアツイ午後の町をゆき、まずは先の2人のところへ到着。
片づけばっかりして、食糧がないのでゴハンを食べていないというヘロヘロな私に、2人は悲鳴のごとくびっくりし(インドでは、ゴハン食べてないなんてあってはならないこと!)
「夕方って言ってたから、私たちカナの夕食の準備してたの。ランチ食べちゃったよー!?」
と、言いつつ、その夕食用のゴハンを作ってくれました。
「ゴハンができるまで、チャイ飲んで。ビスケット食べな。」
「なんで、ゴハン食べてないの。バナナ食べな。」
「片づけなんて、私手伝うから、電話してよー!」
「座ってて。ローティたらふく食べていいからね。遠慮しないで。TVみて。ほら。」
と、ああ、なぜ。
なぜ、そんなに人にやさしくできるのか、私には理解できないぐらいに根っから優しくって涙が出る。
私のためにゴハンを作ってくれる2人
”無理しても、会いにきてよかった”
と思うのです。
今日あったお産の話から、あの麻酔科医の先生ありえないよねっていう愚痴から、話がとまらなくって、とても居心地のいい時間を過ごしました。
見ていたテレビの映画から、この歌が→☆
タイミングにびっくりして、一瞬シーンとなった私たちでした。
「行かないでほしい」
という言葉がお世辞じゃないのかな、と思えたのは今日の2人のさみしそうな顔からでした。
私は実感がないというのに。
5時にいったん家に帰り、片づけ再開。
大家さんのいる2階へ顔を出し(そんなことしている場合じゃないんだけど、会いたかった)、8時まで作業。
それからまた迎えに来てもらって、昼電話があった別のナースのおうちに。
e-mailもない。
郵便も盗まれる。
きっと日本に来ることもない。
そんな彼女と、いつかまた会えるだろうか。
「いつでもいい。
電話しなくってもいい。
駅について、リキシャーに乗ってくればいい。
電話ができそうだったら、駅から電話をすればいい。迎えに行くから。
いつでも、いつだって、
来たいと思ったら来たらいいからね。
泊まるところ、どうしようとか考えなくていいから。
突然来て、突然泊まりなさい。
そんなことをされて、嫌だと思うような人は、ここにはいないんだから。」
これが、社交辞令でないことを、インドで暮らした私にはよくわかる。
心から言ってくれているのです。
そんな温かさは、日本ではなかなか感じられなかったような気がして、目頭が熱くなります。
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